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柱を抜いた跡。煙けた天井。補強されている根太。後から打ったコンクリート・・・。実測をしていると、今目に見えているのが、ある部分は元の通りであり、ある部分は後から行った改修の結果であり、と地層のように見えてきます。根本の軸組みはいじらずに、生活スタイルの変化にあわせて家を直していく。そうやって人が手をかけてきた結果が、民家の今の姿となって、見えているのだな。そんなことを強く感じました。
そもそも、100年近く建っている民家なのですから、「家の寿命」の方が「人の寿命」よりも長いのです。ここで何人の赤ちゃんがお産婆さんに取り上げられたことでしょう。何人の娘がこの家から嫁入りしたでしょうか。この家から出征して帰らなかった青年もいたかもしれません。そして、この家を後にした家族が下の集落に移っていってしばらくして、都会からの移住者がこんどは「借家人」として住むようになったのです。そして、持留一家はこの家の三代目の借家人にあたります。
先々代、つまり初めてこの家を借りた人は、大分手を入れたようです。薪でご飯を焚く「へっつい」がいつまで土間にあったのか定かではありませんが、台所を板敷きにし、出窓手前に流しとガス台を据えたのは先々代のようです。先々代が台所の脇にコンクリートを打ち、タイルを貼り風呂を置き、先代は風呂釜を自分たちの生活に合うように取り替えています。薪ストーブを置くために板敷きの床下にコンクリートを打ったストーブ置き場をつくったのは先々代でしょうか、あるいはその前でしょうか。ストーブの背面に、ブロックを積み、古い建具の背を縮めてはめころしているのが、いい雰囲気をつくっています。 |
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