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[木の家]そもそも話 そもそもの四 「縁」のある家
 

■大地のはらわた

※タイトルイラストは、「地球生活記」の写真をもとにおこしたものです。
(イラスト/持留和也)

こんな言い方もできます。「プラスチックだって、もとは石油でしょう? 自然素材といえないの?」たしかに、新建材や化学物質も、原材料をたどっていけば、どれもが自然のもの、だったはずです。自然から生まれたものであっても、土に還らない。この差はどこからくるのでしょうか? それについての科学的な答えは専門家に譲るとして、そのヒントとなる言い伝えをご紹介しましょう。

アメリカインディアンやオーストラリアのアボリジニにこんな伝承があります。「母なる大地のはらわたを引きずり出して用いてはいけない。災いが起きるであろう」アメリカとオーストラリアといえば、地理的には遠く離れていますが、鉄器を知らない文明がずっと続いてきた点においては、共通しています。ほかのネイティブといわれる社会にも同じようなことが伝えられているかもしれません。

「大地のはらわた」とはなんでしょうか? 大地を深く掘って出てくるもの、つまり地下資源です。ところが、現代のわれわれの社会はいかに、地下資源に多くを頼っているのでしょうか! 燃料となる、石油、石炭、天然ガス。鉄鉱石、ウラン。いずれも工業社会の生産にとっての原料となり、燃料となるものばかりです。

「大地のはらわた」の特徴は、長い時間かけてつくられる、ということです。たとえば石油や石炭は、数億年も前の動植物の死骸が地層の間に圧縮されたものです。鉱物は、大地そのものがしゅう曲したり、噴火したりした後、何千万年も何億年もかけて圧縮され、かたちづくられるものです。大地と太陽が膨大な年月をかけて堆積したエネルギーを、解放し、利用しているのが現代の人間なのです。そして、不思議なことに、長い年月がかかって堆積したエネルギーほど、土に還らないし、そのエネルギーを解放するのに莫大なエネルギーがかかるのです。

   
■再生可能な資源と自然エネルギー

 
ところで「大地のはらわた」は無限に存在するわけではありません。石油は燃やしたり、加工したりしてしまえば、そこから元の石油をつくりだすことはできません。不可逆な素材なのです。一方、自然素材として見直されている木や土、竹や草はどうでしょうか? 植物は、種や挿し木で再生産することができます。太陽と大地の恵みを受けて、苗木が育って、建築材料になるのに100年もかかりません。土も同様です。土と水を練って塗った壁が壊れれば、土に戻ります。またその土を練って塗ることができるのです。

「地球生活記」に話を戻してみると、あらためて、世界中の昔ながらのふつうの家には、「大地のはらわた」を使っていないことに気づきます。言い換えれば、身近にあるものとは、大地の表面にあるもののことだったのです。

最近よく話題になる「自然エネルギー」とは、長い時間をかけてできてきた「大地のはらわた」を使わないものです。太陽エネルギー、風力、水力、潮力、地熱。どれもが、太陽と大地のランデブーの果実として、今まさに生まれたものであり、同時に環境への負荷が最小限で済むものです。それは「大地のはらわた」から解放されるエネルギーと比べれば小規模ではあるものの、その地、その地で分散的に生み出すことができます。現実に誰にでも利用できるような形になるには、もう少し人間が成長する必要がありそうですが。

同じように未来に向けて有用なエネルギーと目されるものとして「原子力」がありますが、同時に、放射能や廃棄物の面で弊害やリスクが憂慮されてもいます。そのそもそもの成り立ちが、元素の中でももっとも半減期の長い、ウラン鉱石を地中深くから掘り起こして得られることに思い至ればこれも「大地のはらわた」の仲間といえそうです 。
今、確認されている
地下資源の埋蔵残量
石油 あと41年分
天然ガス あと63年分
石炭 あと218年分
くわしくは私的環境学サイトで



http://www.wenet-akita.jp/
   
■自然素材とのつきあいかた

 
ところで、自然素材がブームのようになるのと同時に、困った現象も起きています。工業製品、規格品に慣れてしまった人々が、自然素材とのつきあいかたを忘れてしまっているのです。たとえば、木は乾燥していくと同時に割れたり、裂けたりします。これが工業製品だったら、「不良品」でしょう。また、木には一本一本、独特のクセがあります。そのクセに応じて、家の材料にするときの使い方を変える、という本来の知恵が多くの人に忘れられています。「自然はたしかにいいのだけれど、不揃いや扱いにくいのは困る」という矛盾した反応が、結構あるのです。

自然素材とつきあうのであれば、まずは、素材に学ぶことです。無垢の木の床はあたたかいことを賞賛するのであれば、次第に床板同士の間に隙間があいてくることも認めなければなりません。あらわしで使った梁に、構造的に支障のない割れやヒビが入ることについても鷹揚になる必要があります。自然素材である以上、規格にのらない個性ももつし、時とともに変化もするのですから。その上で、手入れや補修のしかたを学び、家も人もともに成長していく。時が経てば経つほどに、愛着がわいてくる。自然素材の家に住むとはそういうことなのですね。

「自然素材で家をつくる」ことは、何も新しいことではなく、「地球生活記」にも見られるように、普遍的で、あたりまえなことです。たかだか戦後60年。その間に、「あたりまえ」が失われ、今ふたたび、それを取り戻そうとする動きが出てきたのです。ところが、いちど社会がその「あたりまえ」から離れたために、本来の感覚を取り戻したり、ぶつ切れになっているつながりを縒り合わせたりするのに、意思やエネルギーがいるようになっていることもたしかで、自然素材を「選ぶ」という確信が必要です。それでもなお、自然素材を志向する人が増えているのは、社会がこれから向かおうとしている方向を示唆しているかのようです 。

 
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