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今回は、木の家ネット会員の高田忠一さんが理事の一人である「NPO関善賑わい屋敷」が行った「関善酒店」の曳家についてご紹介します。


建物を解体することなく、基礎から切り離して移動することを曳家(ひきや)と言います。

2004年5月25日。秋田県鹿角市花輪六日町通り。明治38年に建てられた造り酒屋「関善」の建物が、宙に持ち上がった。柱に縦横に取り付けられた太い鉄骨組が、16箇所のポイントで徐々にジャッキアップされる。万全の注意を払い、ゆっくり持ち上げていく。浮いた建物の下に角材を積んでかませながら、翌朝までには、建物全体が基礎から30センチほど浮いた。

日本の伝統的な建物の足元を見てみよう。地面をつきかためた上に、まず建物の基礎となる石を据える。石は柱が立つところにだけに据え、その上に、石の凹凸にぴったり添うように柱の足元を削って乗せる「石場立て」が基本だ。時代が進むと、並べた玉石や切リ出した石の上に「土台」という横木を置き、そこに柱が立つ穴を堀り、柱を差して立てるようになる。柱の足元の納め方が統一されたことは造り方の合理化であった。家の外周には土台をまわし、内部の柱は礎石に直接乗せている家が、今残る民家には多い。

「石場立て」にせよ「土台」にせよ、基礎の上に、木造の建物が「乗っかっている」だけだ。コンクリート造の基礎にアンカーボルトなどでがっちりと固定される現代の建物とは、対照的だ。乗っかっているだけだと、地震の時にも、建物は基礎とは独立して動く。地震に遭ったものの、建物が基礎からすべり落ちて倒壊を免れた例が、伝統的な建物に見られるのはそのためだ。落ちた建物は、引き上げて、また乗せてやれば、住み続けることができる。

今でこそ「曳家」というと大層なことなように思えるが、ほんの少し前までは、隣に蔵を増築する、家相や地盤が悪いなど、さまざまな理由で曳家が行われ、各地に曳家職人がいた。油圧ジャッキが発明されていなかった頃はコロとテコとで、まさに人力で、行われていた。そうしてまでも、建てた家は壊さず残して使おう、という強い思いがあったのだ。

地上から浮いた建物の下に、レールが通され、その上に乗ったコロが、建物全体を受けた。そして、5月29日、建物は道路から3.8m後方に移動した。きしみ音ひとつなく、滑らかに、静かに動いたという。



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上左:6月初め、持ち上がった関善酒店

上右:関善の写真集の表紙

左:4/7 曳屋工事に先立って行われた御祓いで、お神酒を飲む関係者ら
4/7 屋内家具、建具撤去直前の写真
数時間後には、このような状態に。左下に、大きな掘りゴタツの炭を燃していたところが見える。
関善酒店の特徴である「コミセ」。建物正面の軒が大きく張り出してアーケードのようになっている。曵屋にそなえ、土台まわりが整えられた。
建物を持ち上げるために集められた油圧ジャッキ。
補強のために、鉄骨が柱の根元に張り巡らされる。いよいよこれからが曵家の本番。
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